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油彩画と陶芸の双璧を統べる不世出の領域超越作家 塩原 文二 最晩年の遺作 九谷焼 紅梅絵図 ぐい呑 酒盃 ショットグラス #293
JPY 75,000.00
Antique Liquor
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一水会において洋画部と陶芸部の双方向で会員に推挙され、油彩画と九谷焼の双方で最高峰の美を追求した稀代の領域超越作家、塩原文二による九谷焼のぐい呑です。塩原 文二(しおはら ぶんじ、1907年-1978年)氏は石川県小松市に生まれ、九谷焼の巨匠である初代徳田八十吉(魁星)の陶房で磁器・陶器の上絵付けを学び、1950年以降は日展や一水会展で洋画と陶芸の双方で同時
入選を重ねるという異例の快挙を成し遂げました。初代八十吉ゆかりの格式高い九谷色絵の伝統技術を土台としながらも、油彩画家としての熟達した筆致と洗練された色彩感覚を陶器の上で見事に融合させたその作風は、近代日本の工芸史において極めて独自性の高い評価を確立しています。 本作は、貫入と呼ばれる微細な貫入模様が美しく広がる柔らかな器肌に、気品ある紅梅の花図が描かれた気品溢れる作品です。作品の最大の見どころは、九谷焼の伝統的な和絵の具を用いながらも、キャンバスに絵の具を重ねる油彩画のような立体感とグラデーションで描かれた紅梅の描写にあります。鮮やかな朱赤色の花弁には陰影と深みが与えられ、花芯の蕊や花萼には白、黄、そして鮮烈な青や紫が繊細に配されており、画家の眼差しと確かなデッサン力によって花弁の生き生きとした生命力が表現されています。高台脇には作家自身の刻印である文二の印が刻まれており、素地の力強い質感と繊細な色絵のコントラストが作品の格調を高めています。 この美術史的価値の高い作品を、洗練された現代の生活スタイルに合わせ、年月を経て熟成された古酒やプレミアムなウイスキーを嗜むための至高のジャパニーズコウゲイ酒器としてご提案いたします。手に心地よく収まるずっしりとした重厚なフォルムと、内側に注がれた酒の琥珀色に映える紅梅の色彩は、日常の晩酌を最高峰のアートに触れる特別な時間へと昇華させます。塩原文二は洋画と陶芸の双方で極めて高い次元の創作を行ったため陶芸作品の絶対数が非常に少なく、このように作品名である紅梅の墨書と作家サイン、落款が揃った共箱および当時の栞が完備された状態で市場に現れることは極めて稀です。生涯を通じて美を追求し続けた巨匠の情熱が宿る、唯一無二の工芸ピースです。 * 塩原 文二(1907年〜1978年) 明治40年(1907年)に生まれ、昭和53年(1978年)に没した塩原文二は、洋画(油彩)と陶芸という、全く異なる二つの表現領域の双方において最高峰の美術団体から会員に推挙され、その才能を同時に完全開花させた稀代の芸術家です。まさに美術界における「二刀流」を体現した不世出の領域超越作家であり、その足跡は情熱に満ちた二つの「みち」によって形作られています。 * 絵のみちの歩み:油彩画への自覚と一水会での隆盛 塩原の芸術の始まりは、一度は離れながらも「忘れていたことを思い出したというふうに」再び筆を執った油彩画の道でした。周囲の勧めにより、1950年秋の一水会展に油絵を出品して初入選を果たすと、翌1951年からは日展でも出品入選を重ねます。以来、毎年欠かさず両展での入選を続け、一水会の先輩や諸先生方からの熱心な指導のもとで、絵に対する自覚を深く味わっていきました。 その確かな表現力と確固たる絵画精神が認められ、1957年には一水会会員へと推挙されます。1958年の日展主催変更を機に、考えることあって以後は日展への出品を取りやめ、一水会展の舞台のみに全精力を注いで独自の油彩の美を追究し続けました。 * 陶芸のみちの歩み:徳田八十吉(魁星)との邂逅から本格的な探求へ 塩原のもう一つの突出した才能を呼び覚ましたのは、高名な陶芸家・徳田八十吉氏が「魁星」を称されていた時分、友人という気易さから氏のアトリエで上絵を描いて楽しんでいたという幸福な交流でした。 1950年8月、魁星氏からの突然の勧めを受け、不思議に乗り気になって製作した「蝶文図の壺」が日展で見事に初入選。これを契機に3年間にわたり同アトリエで作品を製作し、3年連続で日展入選を果たすという鮮烈な陶芸家デビューを飾ります。 1953年秋、魁星氏との相談を経て、陶芸の本格的な研究を志した塩原は、成形(素地づくり)からの徹底的な製作研究に没頭します。作品を生み出すたびに大阪朝日主催の陶芸展などへ意欲的に出品を重ね、その圧倒的な技量と色彩感覚が認められました。 1960年秋には、洋画部に重ねて「一水会陶芸部会員」にも推挙されるという異例の快挙を成し遂げます。さらに1975年には創造美術展陶芸部に参加し、会員に推挙されるなど、名実ともに陶芸界でも最高峰の地位を確立しました。 キャンバスに向かう「絵のみち」と、土と火に挑む「陶芸のみち」。一人の天才がその生涯をかけて二つの専門領域を妥協なく極め抜いた塩原文二の作品は、ジャンルを超越した独自の美学と、確かな情熱が宿る奇跡の結晶です。 《作品栞の情報》 *絵のみちの歩み 忘れていたことを思い出したというふうに再び絵をはじめ、すすめる人があって1950年秋、一水会展に油絵を出品、初入選し、1951年より日展に出品入選、引続き毎年両展へ出品入選していました。その間、一水会の先輩や、諸先生方の御指導などにより絵に対する自覚を味わいつつ、1957年一水会会員に推挙され、1958年日展主催が変更されることとなり、これを機会に、考えることあり以後日展出品をせず、一水会展のみに出品現在に至りました。 * 陶芸のみちの歩み 徳田八十吉氏が魁星を称されていた時分、友人という気易さから氏のアトリエで上絵を描いて楽しんだものです。1950年8月魁星氏が突然「君の作品の日展に出品してみようか」と云うのです。不思議に乗り気になり蝶文図の壺を製作し出品初入選、これより3年間氏のアトリエで日展出品作品を製作し以来3年連続で入選、1953年秋、氏と相談の末、陶芸の本格的な研究を志ざし、素地よりの製作研究をはじめ、その間作品の出来るだびに大阪朝日主催の陶芸展などに出品、1960年秋一水会陶芸部も洋画に重ねて会員に推挙され1975年には創造美術展陶芸部に参加会員に推挙され現在に至りました。 塩原文二 作者:塩原 文二(しおはら ぶんじ、1907年-1978年) 作者の代表的な活動歴:[1950年] 一水会展(油彩)および日展(陶芸「蝶文図の壺」)に初入選、[1951年-1952年] 日展にて洋画部・陶芸部の双方で同時入選、[1957年] 一水会会員(洋画部)に推挙、[1960年] 第22回一水会展にて一水会賞を受賞し一水会陶芸部会員に推挙、[1975年] 創造美術展陶芸部会員に推挙 作品収蔵実績:石川県立美術館、小松市立錦窯展示館、小松市立博物館、和洋女子大学文化資料館 制作時期:1976-1978年(栞の歴が1976年まで記載、最晩年期) 商品状態:非常に良い(欠けなし、割れなし、古美術・工芸品特有の経年による風合いを除く) 付属品:専用共箱(蓋表に「ぐい呑 紅梅」、左下に「塩原文二」の墨書および落款あり)、栞あり 材質:陶器(九谷焼・色絵・貫入) 寸法:高さ 約 5.5 cm、口径 約 5.5 cm、底径 約 3.0 cm 注意:当店が提供する商品は生産時期が古い歴史的工芸品であり、すべて古美術・骨董品として掲載しています。経年による微細な変化がある場合がありますので、古美術の本質をご理解およびご確認の上で購入をご検討ください。