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アンリ・マティス 「会話」アートポスター(フレーム付き) 絵画・名画[額入り]
JPY 23,800.00
HOMU
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✔ 送料無料✔ 美術館品質の木製フレームとマット付き✔ 額装済み(すぐに飾れる状態でお届け)✔ 3~5営業日以内に発送◎ 7日間返金保証|安心してお選びいただけます 作家名:アンリ・マティス / Henri Matisse作品名:会話 / Conversationサイズ(額外寸): W424㎜ × H348㎜ × D23㎜重量:約1.6kg技法:ジクレー用紙
:水彩紙フレーム:木製ブラック・前面アクリル板付属品:紐、箱(額装し、壁掛け用紐を取り付けた状態でお届けします) ※商品の色は撮影場所や照明の具合、ご利用のモニター環境により実際の商品と多少異なって見える場合がございます。 <商品詳細>シンプルで上質な額装を施した、高品質のアートポスターです。ブルーを基調とした室内の落ち着いた色彩と、窓の外の明るい光の対比が印象的で、空間に奥行きとリズムを添えます。モダンなインテリアはもちろん、北欧ヴィンテージの家具とも自然に馴染み、親しみやすく穏やかなアクセントとして楽しめる一枚です。 <作品について>本作は、アンリ・マティスによる作品で、男女(夫婦)の会話を描いています。男性はマティス自身、女性は妻のアメリとされ、文字通りブルーを基調とした室内は気まずく緊張感のある雰囲気を漂わせています。一方で、窓の外の世界は明るく魅力的に輝き、二人の間にある対話の隔たりを象徴しているようにも見えます。窓の手すりには、よく見るとアルファベットで「NON」と読める模様があり、日常生活の中での小さな葛藤や、家庭内の微妙な緊張感を表現しています。色彩と構図を通して、マティス自身の家庭生活での困難や苦悩、そして人間関係の機微を繊細に描いた一枚です。 <作家説明> アンリ・マティス / Henri Matisse 1869年12月31日 - 1954年11月3日 国籍:フランス 20世紀を代表するフランス人画家。 パブロ・ピカソ、マルセル・デュシャンと並んだ20世紀 3大アーティストの一人。「色彩の魔術師」といわれる。 純粋な色彩の効果を生涯にわたって探求し、それまでの伝統的な写実主義とは一線を画して、形態の単純化と大胆な変形、そして鮮やかな色彩によって絵画を表現した。マティスのいう「色彩」とは、自然に倣った色彩や、理論的な色彩学ではなく、感覚や直感に従っており、それは画家自身の感情を表すものであり、鑑賞者の心に働きかけるものだった。また色彩効果のために形はどんどん単純化されていき「面」となった。「色と形」を追求し、晩年になるとそれらを同時に考えることが出来る「切り絵」の作品制作へと発展した。 略歴 1869年 フランスのカトー=カンブレッジ、穀物商を営む裕福な家庭に生まれる。 1887年 パリに出て法律を学ぶ。 1890年 盲腸炎の療養中に絵画に興味を持つ。 1891年 画家になることを決意し、反対する父親を説得してパリに行く。アカデミー・ジュリアンに入学。 1892年 国立美術学校のモロー教室に入る。熱意を評価した教官ギュスターヴ・モローから特別に個人指導をうけた。 1897年 カイユボットコレクションの印象派作品に触れ、関心を寄せる。この頃ピサロと知り合う。 1898年 アメリー・パレイルと結婚。新婚旅行でロンドンに行き、ターナーの作品を見る。コルシカ島とトゥルーズにそれぞれ半年ほど滞在、明るい南仏の光に接し、画風が変化したといわれている。 1899年 ヴォラール画廊からセザンヌ「水浴する三人の女」、ゴッホの素描などを購入する。この頃セザンヌの影響を強く受ける。 1900年 経済的に苦しくドランとともに万国博覧会の装飾に参加する。ドライポイントによる最初の版画を手がける。 1905年 コリウール滞在中に試みた新印象主義的な表現を経て、同年のサロン・ドートンヌでは「フォーヴ」誕生の中心的役割を果たす。 1906年 ドゥルエ画廊にて2度目の個展を開催。ガートルード・スタイン宅でパブロ・ピカソと知り合う。 1917年 ニース滞在期以降は自然主義的な画風に戻るが、デッサンと色彩とを融合する「切り紙絵」へと到達。 1918年 ポール・ギョーム画廊にてピカソと2人展を行う。ニースに改めて部屋を借りる。 1920年 アンリエット・ダリカレルをモデルに作品を描く。「オダリスク」を主題とした作品が増える。 1947年 テリアードから『ジャズ』が刊行される。新設されたパリ国立近代美術館にマティスの重要な作品が収められる。 1950年 第25回ヴェネチア・ビエンナーレで大賞を受賞する。ヴァンスのロザリオ礼拝堂完成。 1951年 ロザリオ礼拝堂の献堂式が行われる。東京国立博物館、ニューヨーク近代美術館などで回顧展が開かれる。 1952年 切紙絵『ブルーヌード』シリーズに着手する。生地カトー・カンブレジにマティス美術館開館。 1954年 ニューヨークのユニオン教会のためステンドグラスの薔薇窓をデザインする。(これがマティスの最後の仕事となる。) 1954年 ニースにて84歳で逝去。